gyakuについて
(ぎゃく): さかさま、反対、うら。
日本は声なき声であふれている。この国では、46万人以上の人びとがその日の食事に事欠く生活を強いられ、住む家のないホームレスは2万5千人以上に及ぶ。世間でよく言われているのとは反対に、日本を故郷とする民族はひとつではなく、この国で話されている言語ももたひとつだけではない。権力者たちは、ひとつの声だけで代弁される国のイメージを作り出そうとするが、相異なる視点を持った多様な人びとがこの日本列島にはたくさんいるというのが現実だ。
意見のくい違いは歴史が解決するのかも知れない。しかし、歴史とは勝者により記されるもの。権力の記録だ。生きた歴史は、人びとの経験の結晶、個々の歴史の編纂であり、権力者には見えざるが故に都合よくも「公式記録」には残されない。しかし、人びとの記録は、この結晶から成りこれからも記録され続けていく。
gyakuは営利を目的としないメディアプロジェクトです。文字通り、「反対側」に焦点をあて、隠されたもの、見えないもの、切り離されたものを映し出していきます。人びとの歴史を追求するための、常に現在進行形の進化し続けるスペースをgyakuは目指します。
