ネパールにおける「軍隊」についての一提案

ネパールでは4月10日に制憲議会選挙が実施されネパール共産党マオイスト(以下、マオイスト)が第一党になることが確定した。第一党とはなったが過半数には及ばず、またもともと暫定憲法では制憲議会における首相指名等には全議席の三分の二が必要であったため今後連立工作が行われるであろうが、マオイストを中心とする政府が発足することはほぼ確実と見られている。

デモ・カンティパト

新政府にはもちろんさまざまな問題が山積しているが、1996年より約10年にわたり内戦が続いてきたネパール国家にとって最も大きな課題の一つが、マオイストの人民解放軍とネパール国軍をどうするのかという点であろう。 人民戦争で交戦していた両武装組織であるが、マオイストは両者を統合することを以前から主張している。しかしこのやり方は、つい最近まで殺し合いをしていた二つの武装組織を統合するという「非現実さ」や、複数政党議会制においてある一つの政党(=マオイスト)が特別な影響力を持つ「国軍」が出来てしまうという問題点も持っている。

他方、マオイストは和平合意をし、議会政党になったのであるから、人民解放軍は武装解除し解散すべきであるとの意見も聞かれる。しかし、もちろんマオイスト自身が自分たちの武装組織のみが解散するというやり方には同意しかねるであろうし、マオイストの人民解放軍同様、ネパール国王の下にあったネパール国軍も人民戦争中は多くの人びとを殺し、拷問、誘拐等の人権侵害行為を行っていたことが人権NGOなどから指摘されているのであり、また、王制の廃止が確実となっているのに、その国王の権力の源泉であった軍隊を残すというやり方は、筋が通らないように思われる。

マオイストと政府との和平合意がなされた時から、この問題は取り上げられてきながら、ほとんど進捗がなく先送りされてきた。しかし新政府が発足し、新憲法が制定される段階となっては、これ以上の先送りは出来ないであろう。 そこで、本稿ではこの問題に対して「軍隊を撤廃する」という考え方を提案したい。そもそも自国の軍隊をどうするのかは、その国の国民が決めるべきことであって私のような外国人が口出しすべきではない問題であるが、ネパール国内の議論では「軍隊を撤廃する」という考え方がまったく聞かれないため、議論のひとつ、ひとつの選択肢としてこのような考え方があってもいいのではないかと思い、この考え方を本ウェブサイトに掲載することとした。

P1010037-small.JPG

内戦がつい最近まで行われてきたネパールでこのような提案は非現実的であるとの見方もあろうが、「軍隊のない国」として有名なコスタリカでは1948年、40日間の内戦で約2000人の犠牲者がでたことを機に軍隊を廃止した。マオイストの武装解除とともに、「対テロ」の名の下に国外から多大な援助を受けてきたネパール軍も縮小を進め、段階的に撤廃をしていってはどうだろうか。

第一に、このことは自動的に国内の民主化を進めることを意味する。2001年にマオイスト鎮圧のため国軍が投入されてからは、国家予算に占める軍事費の割合も増大していった。1990年憲法では国軍の最高指揮官は国王であると定められており、実質的に国軍は国王の軍隊であったため、軍備が増強されることは国王の権力が大きくなることを意味していた。軍は国王の大きな権力源であったのである。もちろん制憲議会選挙が開かれれば、王制は廃止される予定であるから、これからは軍は首相や議会の下に置かれることになるが、統帥権を首相や議会の下に置かれると、今度は軍が政党間または政治家間の権力闘争に利用される可能性がある。この危険を回避するためには、軍そのものの縮小・撤廃が最良の選択なのではないのだろうか。

第二に軍備撤廃は、これまで国家予算でかなりの比率を占めていた軍事費を他にまわすことができるというメリットがある。コスタリカでは「兵士の数だけ教師を」を合い言葉に、それまでの軍事予算を教育予算に変え、識字率は9割以上を達成、中米諸国で最も高くなっている。

第三に、「平和国家」という点を打ち出すことで、国際社会において存在感を出すことができる。ネパールは中国とインドに挟まれた緩衝地帯を形成し戦略的要衝に位置している。ビレンドラ元国王は1975年に戴冠式後のレセプションで「ネパール平和地帯宣言」をネパールの政策として発表した。また1990年憲法ではネパールの外交政策は、国連憲章の諸原理、非同盟、平和五原則、国際法および世界平和の理念を指針とすることが定められていた。インド、中国という大国に囲まれたネパールはこのような平和の原理を保持することで、緩衝地帯としての存在感を示すことができたのである。軍備撤廃はこの原理の追求である。軍隊をなくせば外国からの軍事支援の名で行われる国内干渉も避けられるし、軍隊のない「平和国家」としてネパールの名を国際社会に定着させれば、国際機関を多く誘致できる可能性もでてきて、イメージアップも計れるであろう。観光立国を目指すネパールにとってはこのことも魅力的なはずである。

ネパールは北を中国、東西と南をインドに囲まれており、その西にはパキスタンがある。これらの国々はネパールに比べ、国土も、人口の規模も、比較にならないほど大きく、皆核保有国である。「国防」といっても、軍を増強したところで、あまり意味を持たない。またネパールの国の存続にとって平和な国際環境が必要であることは、1989年のインドによる国境封鎖時の国内の混乱や、2003年イラク戦争開戦時の原油高騰に伴う混乱などから明らかである。ビレンドラ元国王は「ネパール平和地帯宣言」演説で「われわれは安全保障のために、独立の維持のために、経済開発のために平和を必要とする。・・・平和を制度化したいという真摯な願いをこめて、私はネパールを平和地帯と宣言することを提議する。」と述べているが、防衛・自国の安全保障にとっては軍事力強化より平和の維持が重要であるというのは、ネパールのような国にとっては現実なのである。

軍の撤廃は一時的に多くの失業者を生み出すという問題を持っていることも事実である。しかし、特に現在、ネパールは世界から注目されており、紛争後復興のために国外からの資金援助プロジェクトも多く存在している。世界では前出のコスタリカのみならず、さまざまな事情があるとはいえ27の国で既に軍備が撤廃されているといわれており、それらの歴史・経験に学び、国際社会の協力を得ながら、段階的に他の非軍事の組織に改組したり、他の職業で再雇用することは不可能ではないはずである。

二つの軍隊を武装解除し、ネパール国土に拡散してしまった武器を回収していくこと、これが再びネパールで武装衝突が起きないようにするための一つの有力な手段であることは間違いない。また軍事力を背景に統治が行われることがないようにし、さらには世界中からネパールが再び「平和国家」「アジアのスイス」として仰がれるようになるために、このような思い切った改革も一案として議論に入れてもよいのではないのだろうか。