人種差別撤廃に向けて:世界、そして日本 〜国連特別報告者ドゥドゥ・ディエン氏講演要旨〜

2007年2月26日、国連人権委員会特別報告者ドゥドゥ・ディエン氏が来日し、講演を行った。氏は、前回2005年の来日にあたり、日本国内のマイノリティー集団(アイヌ、在日コリアン、在日外国人など)人種差別状況をまとめた「ディエン報告書」を作成、翌年に公表された。今回の講演は、日本弁護士連合会、東京弁護士会、第一東京弁護士会、および第二東京弁護士会の主催で行われ、1)世界の差別の状況、2)日本の差別の状況、3)国連での反人種主義のための手続きやプロセスの動向、の3点のテーマについての言及があった。以下は、本田倫太郎による講演要旨である。

「人種差別撤廃に向けた国際的な取り組みの最新動向と日本の役割 ~日本の人種主義等に関する報告書を作成した 国連特別報告者ドゥドゥ・ディエンさんをお招きして~」

日時:2007年2月26日18時~20時40分
場所:第一東京弁護士会講堂
主催:日本弁護士連合会 東京弁護士会 第一東京弁護士会 第二東京弁護士会

1、世界の差別の状況

状況は暗い。人種主義はだんだん暴力を台頭させている。例えばアフリカの五大湖周辺での大量殺害や、マリ人の乳母と白人の子が両方とも右翼に殺されたことなど。後者の例では犯人は「私は人種主義者であり、その二人を見ただけでむかむかしたから殺した」とはっきり言っている。また、私はロシアも訪問したのでまもなくそれについての報告書を出すが、やはり多くの人々がロシアでも殺されている。

これは、世界で人種主義が一般化し、日常のものになっていることを示している。人々がもはや反人種主義に対して関心を示さない。かつて外国人排斥は右翼によるものだったが、今は民主主義を謳う政党の党員にも広がっている。それは一般市民の移民への厳しい目を背景としている。このため、民主国家の政策の背後に人種主義が存在している。政党が政権を強化するため右翼政党との連立を躊躇しない。また、人種主義を明示的に政策として掲げる政党への支持者も増えている。

国の政治指導者が人種主義の態度を持つならば、彼らが最初に行うのは法によって移民を徹底して禁止および排斥すること。従来の移民を保護してきた法が改定されていく。また、右翼政党が右翼的主張を強くしていく。彼らは「表現の自由には制限がない」と主張する。国際人権法でも国内法でも 表現というものは国内の住民間の紐帯を妨げてはならないとされているのだが。

歴史上、ジェノサイドの前には必ずメディアや一部の人が国民を扇動して社会の中の憎しみを増していった。人種主義の犠牲者が生まれる前には必ず少数者が文学やメディアにおいて悪魔として扱われていた。従って現状では一部の政治家が外国人や移住労働者を排斥する法を作る。

このため、今ほど社会正義が宿る法が重要となっている時代はない。人種主義が社会的に尊敬されているメディア関係者によって正当化されている。例を挙げると、サミュエル・ハンチントンの『我々は誰なのか』では、「ラテン・アメリカからの移民の増大によりアメリカのアイデンティティが侵されているが、北米にあるアメリカ合衆国のアイデンティティは欧州を基盤としたものでなくてはならない」と主張されている。

こうした例は挙げればきりがないが、彼らによれば3つの教訓が導かれるという。一つは国家のアイデンティティとは何なのかをはっきり定義しなければならないという。二つ目は特に9.11以降、安全保障を重視すべきだということ。第三にテロリズム対策の重要性である。

一部の宗教を信仰する者が危険であるという主張から人種主義の問題が浮上してくる。そして従来は多数派とともに生活をしてきた少数者も排斥の対象となっていく。こうした現象の原因は多文化主義であり、世界の各地で(従来の)アイデンティティの危機が言われている。数世紀にわたる国のアイデンティティが多文化主義との間で衝突を生み出している。戦争や交流、貿易などを通じてあらゆる社会が多文化主義に直面している。

一部の右翼的な人々は伝統を守ろうとする。伝統的価値の擁護は政治指導者のお題目になっている。多文化化を自国にうまく組み込むことが重要である。反人種主義は単に平等を求めるだけではなく、多文化化と伝統的価値とを融和させなくてはならない。

2、日本の差別の現状

日本では人々は人種主義の態度を持ってはいても口にはしないものだった。しかし今では日本の人々は人種主義を積極的に議論している。公に議論しない社会で背後に人種主義がやってきてある日突然問題になっていると言える。人権問題に市民社会が関心を持ち始めているのは良い傾向で ある。私の報告書は判事による判決ではないので、日本の人々が反人種主義に取り組むきっかけにしてほしい。

日本政府ははっきり私の報告書に反応を示した。それは厳しい批判であった。日本における人種主義の存在の指摘を拒絶するものであったが、日本政府の態度には変化も認められる。私は報告書で歴史教育がどうであるかが今日の人種主義の発生に関わっているとした。部落民やアイヌへの差別は 歴史を正しく学ぶことからなくなっていく。在日コリアンや中国人に対してもそうと言える。

さらに、日本が中国や朝鮮半島から深い(文化的)要素をもらっていることを十分に教えていないことが今日の差別につながっているという記述を日本政府は関心を持って読んでくれただろう。国連人権理事会での日本政府の反応は、歴史的背景を持ち出すのは特別報告者の任務にふさわしくないというものだった。同じ報告書を国連総会に提出したときは、歴史問題について積極的に取り組むというのが日本政府の反応だった。報告書での勧告ではユネスコとの協力のもとに他国との(歴史認識に関する共同)作業をするよう書いたのだが、それはアフリカ諸国についての私の仕事の経験をもとにしている。

まだ日本政府は(国内での)人種主義の存在を認めようとしない。文部科学大臣が日本は単一民族だから社会が安定していたのであり、今は他の文化が入ってきているので社会が不安定になったという発言をしたという。黒人への差別を書いた新聞記事や漫画があるという。私がもう一つ憂慮しているのは、あらゆる差別を禁止する国内法令が存在していないということ。こうした国内法令による禁止は外国人や難民に対する差別にも及ぶ。そして反人種主義のための国内計画の策定も提案している。日本もダーバン会議(反人種主義・差別撤廃世界会議)に参加してダーバン宣言および行動計画の採択に参加したので、国内計画策定や歴史教育等の必要性を私は主張している。

いずれにしても特別報告者は報告書を書けば終わりなのではなく、フォローアップをしていくべきものだ。私はスイス、イタリア、ロシアにも行って、深刻な問題が存在していると認識した。こうした活動の詳細につき、国連(人権高等弁務官事務所)の私のウェブサイトを見てほしい。

3、国連における反人種主義のための手続き

国連人権委員会が国連人権理事会になり、特別報告者がどういう立場で作業するのかが議論になっている。各々の(主要な)人権条約を批准した国には女性差別撤廃委員会や人種差別撤廃委員会などの条約機関がフォローしている。特別報告者は完全に政府からも国連からも独立していなくてはならない。その報告書の対象国内(調査対象国内)ではあらゆる場所を訪問できなくてはならないという障害のなさ、つまりアクセスビリティも必要で、独立性とあわせてそれら2つをどのように構築するかが議論されている。

特別報告者の独立性を問題視する国もある。一部の政府は国ごとの特別報告者の任命は不適切だとする。さらに、特別報告者の国内での行動を制限すべきという主張もある。こうした手続きに関する作業部会からの提案は5月に人権理事会に提出される。人権理事会が行う普遍的審査(Universal Review)も重要。国連総会では特定国のあらゆる側面を調査する手続きの必要性も主張されている。さらに調査後のフォローアップも重要。調査報告書には勧告が伴うが、そのことに対する賛否の各意見を調整する必要がある。テロとの闘いが多くの国の課題となりそのためには拷問を行ってもよいという政府もある。

ジュネーブやニューヨークの国連でこうした議論がされていればよいのではなく、皆さんのような世界各地の法律家や人権活動家にもこれは議論してほしい。(日本に関する)報告書の作成には日本の市民社会からの支援が大きかったことは今後の国連での(口頭と文書による)報告でも触れる。日本では 人種主義を修正する力が存在し、それを活用すれば危ない道を回避できるだろう。


<質疑応答>

質問1への回答: 多文化化の実現は息の長い作業で、どこの国も単一民族、単一文化ということはない。ところがある時代に政権が単一文化を主張することが、特に国民国家の成立時にありうる。そこに今、新しい多文化化が発生している。社会の中には沈黙を守っている人々がいるはずで、彼らは身の危険を冒してまで(自分の権利を)主張しないが、その人たちを白日のもとに引き出すことが重要。伝統的少数者についてはそう言える。同時に歴史教育も重要であり、部落民やアイヌの人々が声を出す場も重要で、例えば少数者出身の国会議員を増やすことが必要だ。

質問2への回答: 差別への闘いには禁止法の整備が第一歩であり、これは絶対避けて通れない。女性への差別は女性であるという理由で起こることになっているが、特定の差別(の禁止)ではなくあらゆる問題を網羅した(対策)法を私は考えている。差別は氷山の一角であり、目に見える差別がすべてなのではない。海面下に文化や歴史がある。従って海面下を見ることで、根本的な反人種主義政策ができるのでは。南アフリカの反差別法は民主的だが、海面下の事象に切り込んでいないので、ほころびが出てくる。

質問3への回答: 若い人たちこそ反人種主義の希望の星。ある程度の年齢の人にはメンタリティを変えることは難しいが、柔軟な若い人による芸術などが多文化化を育む。だからと言って若い人が人種主義に走らないのではなく、貧しい若者は人種主義者になりやすい。日本だけでなく他国でも人種主義を持った漫画やテレビ番組を支持する若者がいる。教育が万能薬に思える人もいるだろうが、ナチスが生まれたときのドイツの(一般社会の)教育程度は高くて、高名な学者を多く輩出していた。従って、常に教育内容の正しさに目を光らせなくてはならない。

以上


※ディエン報告書は、国連人権委員会が任命した「現代的形態の人種主義、人種差別、外国人嫌悪および関連する不寛容に関する特別報告者」であるドゥドゥ・ディエン氏による、初の日本公式訪問(2005年7月)を受けて2006年1月に公表された。「日本には人種差別と外国人嫌悪が確かに存在する」と明言し、その影響を受けている主な集団として、被差別部落の人びと、アイヌ民族、沖縄の人びと、在日コリアンなど旧植民地出身者とその子孫、移住労働者・外国人を取り上げ、24項目の勧告を提示している。(詳細:http://www.imadr.org/japan/diene/