空からの恐怖、足元の脅威: ラマディからの視点 (Summary)

バグダッドから西へおよそ100キロ先に位置する中央イラクの都市ラマディは40万以 上の人口を抱え、国内でも人口の多い都心の1つです。市場や学校、住宅、ホテル、 銀行などが集中する文化の中心地としてかつて活気に溢れていたこの町は、今日では 米国の占領に対する「抵抗の中心地」として知られています。ウェブ検索を行うと死 亡者数の統計や軍事戦略、戦術に関する情報、増大する“テロリストの暴動”に関す る緊急警告が何ページにも渡って検索される一方、町の戦前の歴史や慣習、伝統また は人びとに関する情報はほとんど検索されません。フリー百科事典ウィキペディアで は戦時史のように記述され、そのおよそ90%が2003年3月から今日までの“戦時下の 軍事統制”に関する内容です。その中で“歩兵”という用語は25回使われ、“文化” や“歴史”などの用語は一度も使われていません。

米軍の爆破攻撃後、ラマディのある家屋の瓦礫から見つかった遺体
米軍の爆破攻撃後、ラマディのある家屋の瓦礫から見つかった遺体

今日の「テロとの戦い」という狭い視点からすると、ラマディのようなイラクの都市 は真っ先に西の占領者からの「保護」を必要とする「宗派間の暴力」に覆われた戦場 として見られます。ある保守派の調査報道を行う記者は次のように述べています。「ラマディはイラクでの暴動対策に対する取り組みと研究所のためのリトマステストである。私たちがここでテロリストの脅威に打ち勝つこができるならば、テロリスト に勝てない場所はない。」この「研究所」の住民と彼らが日常的に耐えている現実 は、最小限に食い止めるべき犠牲者として、あるいはもっと都合よく言えば、檻に入 れられ管理されている実験用ラットとしてしか考えられていないのです。

しかしラマディはある重要な点で例外なのです。日本主導のNGOネットワークIraq Hope Networkや援助活動家、ジャーナリスト、法律家、教授、ボランティアなどの協力のおかげで、ラマディに住むイラクの人びとの声は過去数年間、ウェブ上で表現の自由のための最新かつとても重要な情報を提供してきました。Iraq Mail: The Voice From Ramadiは、「この国で起きている実際の状況を伝えること」を目的として、Iraq Hope Networkのメンバーによって入手された現地の情報を国際社会に発信 するためのブログです。

イラクに関する公式の“型にはまった”報道と比較すると、このような現地の情報は 実に徹底しています。2005年10月11日に投稿された“Horror, Terror in the sky” と題する一通の手紙の中で、あるイラク市民が空爆の体験を語っています。

朝の9時半に目を覚ますと、この日はあちらこちらでヘリコプターの音が鳴り始め、 家のグラスやかべが揺れていました。窓を開けると、とても低く危険な高さで2機の 米軍ヘリコプター(Apatchi)が飛んでいました。

私は服を着替え庭に出ました。家族もヘリコプターを見ていました。各ヘリコプター のオープニングには大きなマシンガンを抱えた2人の米兵がいました。彼らは狙撃兵 ではありませんでした。

高速度で大きな音を立てて飛ぶヘリコプターに私たちは恐怖を感じました。米兵の銃 は、道行く人びとや庭にいる私の家族へも向けられていました。米軍の戦車は、狭い 道を高速度で乱暴に走り回っていました。殺人機は明らかでした。しかし私が真から 恐怖を感じ始めたのは、空では空軍のジェット機(F-16)が飛び回っている中で・・ ・・ああ!米軍が市民に力を見せつけている・・・、彼らがファルージャやカイムの 人びとの殺害に使用した全ての銃を市民たちに見せびらかしている時でした。

(continue reading in English)